スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
ランキングに参加ランキングに参加中ランキングに参加 一日一回クリックのご協力にお願いします 私
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 新規就農へ ←クリックFC2 Blog Rankingへ ←クリック
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
| スポンサー広告 | page top |
贔屓になるのはおイヤ?
2009/08/06(Thu)
夫一生産者になるからには、販売する相手としてお客さんを見据えることになる。それでは、どのようなお客さんを想定すればよいのか。

レストラン業界で働いていたとき、上客(「ソワニエ」などとも言う)の条件として、私は「あまり浮気をしないこと」を挙げていた。「浮気性」の客というのは、たとえば、「今週の東京ウォーカーに載ってたから」とか「ザガットサーベイを見ました(あの頃はまだミシュラン東京ガイドブックは出版されていなかった)」とかで来店してくれるのだが、再び足を運んでくれることのない人たちで、まあ「食べ歩きが趣味」なんて言う人たちの大概がこれに含まれる。毎月給料日近くにレストランからレストランを渡り歩き、大抵が店の人間に嫌われている。
噺で学んだことだが、遊郭(吉原など)に行って初めての女の子を呼ぶことを「初会」、二回目を「裏を返す」、三回目以降を「馴染み」と言う。さしづめ、お客さんが裏を返してくれればもう万々歳なわけだが、これには、店側の料理・サービスに加えて、お客さんにも上述の「浮気性」とは正反対の性格が要求される。それでは、浮気性じゃない客とは具体的にどういう客か。
簡単と言えば簡単である。まず、好みがはっきりとしている。そして、一度気に入ると、ずっと腰を落ち着けてくれる。まさに恋愛と同じで、不特定多数の異性に色目を使ったり声を掛けたりはせず、じっくりと一人と付き合うタイプの人間である。
そういう理想のお客さんと出会えることは、一種の奇跡であった。ただし、店側の技術が上がれば週に一度くらいは起こせる奇跡でもあった。

百姓になったときの私が相手にしたいのは、やはりそういうお客さんで、そのためにはいったいどういうアプローチが有効なのか、と考えている最中。やはりクチコミが一番なのかもしれないなあ。
インターネット? うーん、ネットって、褒めずに貶す人が多いんだよなあ。手放しで褒めると、まるで自分の負けみたいに考えている人が多いのかも。好き嫌いをはっきりさせない穏当さを選ぶか、あるいは貶しっぱなしの過激さを選ぶか、のいずれかでほぼ全体を構成しているのではないか。読み手が無意識のうちに自分に都合のいい記述を書き手に求めているということも、左記現象の一因なのだろうと私は考えているが。

image0001_convert_20090805234012.jpg
私の溺愛する野良猫、タマ。私に非常になついているのだが、私以外の人にも、猫撫で声を出しながら近づく浮気猫である。
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
ランキングに参加ランキングに参加中ランキングに参加 一日一回クリックのご協力にお願いします 私
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 新規就農へ ←クリックFC2 Blog Rankingへ ←クリック
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
| 夫のひとりごと | page top |
「来たれ若人」とは言ってもね・・・
2009/07/20(Mon)
夫弟から「おしゃれな農業雑誌だって!」というタイトルのメールが来た。リンクが貼ってあったURL を開くと、たしかに「『農業はカッコいい!』若者向け“おしゃれ農業雑誌”創刊」というタイトルの記事があった。
詳しくは、そちらを参照されたいが、まあなんというか、エゲツナイ表現ですな。
「農業は3K で誰もやりたがらない。でも、本当はカッコよくてオシャレな仕事なんだ、早くきみもおいでよ」という、いつもながらのロジックのようだ。
でも、農業って、そんなに人の嫌がる仕事なんだろうか? 「オシャレ」とか「カッコいい」ということをわざわざ言い触らさないと若者が集まって来ないって本当なんだろうか? そもそも、こういう場合に言及される「若者」ってどういう人種のことを指すのだろうか?
私の個人的偏見では、若いのにアルマーニのスーツを着て、手にはエクスプローラーやらスピードマスターを嵌めて、ジバンシィのアンサンセを頭からかぶっているような奴らのことを言っているんだろうと考えている。他人に「カッコイイ」と言われなければ自信が持てないような連中のことだ。だから、予め権威づけられているブランドものが好きだし、雑誌の「いま、一番かっこいい農業!」なんて特集にホイホイと飛びつく。
私の経験から申し上げますと、こういう輩はすぐにケツを割りますので要注意。若い働き手は喉から手が出るほど欲しいだろうけど、我慢我慢。(個人経営に比べて比較的人材のキャパに余裕のある)大企業ですら、面接に面接を重ねて人を厳選していくのです。小さなコミュニティーである農村がそんなに簡単に人を受け入れてはいけません、と私は思います。

image0001_convert_20090719010045.jpg
冬の夜、川崎の交差点。
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
ランキングに参加ランキングに参加中ランキングに参加 一日一回クリックのご協力にお願いします 私
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 新規就農へ ←クリックFC2 Blog Rankingへ ←クリック
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
| 夫のひとりごと | page top |
安けりゃいいってもんじゃない!
2009/07/17(Fri)
夫つい先日、イオングループが100円ビール(第3のビール)を発売すると発表したかと思えば、ダイエーが一時的とはいえビール(第3のビール)を79円まで値下げすると発表した。
それはそれでいいんだけど、というか、よくない。
100円ショップor ルイ・ヴィトンの時代なのはよくわかるけど、なんだか、両極端過ぎる。
高いものがいい、と信じていればいつの間にか拝金主義になっているのと同じく、安いものばっかり追っかけてると、心が乞食じみてくる。酒ってもともと嗜好品なんじゃないの? 嗜好品をぎりぎりまで値切るなんて馬鹿げている(実際に値切っているわけじゃないけれど、市場が安いものばっかり求めるからメーカーも作らざるを得なくなる)。『神の雫』に掲載されたワインが高値になるのと同じくらいに馬鹿げている。
農作物を作るなら、当たり前の値をつけてやる。売れなけりゃ自分で食ってやる。自分が自信を持っているなら、値は下げない。乞食相手の商売はしない。成金相手の商売もしない。個人商売、そのくらいの我は通せるだろう。

image0001_convert_20090717221732.jpg

京都御苑内には運動場があり、ソフトボールに興じている人たちが多かった。ちょうど一年ほど前のこと。
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
ランキングに参加ランキングに参加中ランキングに参加 一日一回クリックのご協力にお願いします 私
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 新規就農へ ←クリックFC2 Blog Rankingへ ←クリック
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
| 夫のひとりごと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top |
ちょっとでもワインをかじったことのある人は、猫も杓子も「生牡蠣にはシャブリ(ソムリエ教本だったらアントゥル・ドゥ・メールも加わる)」と言うだろうが、ブリア・サヴァランの『美味礼讃』(1825年刊)には生牡蠣にはソーテルヌ(極甘口ワイン)を合わせると書いてあり、海原雄山は「愚か者め! 生牡蠣には日本酒だ!」と怒っていた
2009/07/14(Tue)
夫「ABC (Activity Based Costing: 活動基準原価計算)の見直しを手伝え」と上司に言われ、ネンターイットを駆け回っても幼いジャイケル・マクソンが兄弟と仲良く「ドレミ、1・2・3」と歌っているくらいだった。困った私を見かねたのか隣の席にすわっている先輩がエリヤフ・ゴールドラットの『ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か』を「何かの参考になるかもしれない」と貸してくれた。

4日間で読了した。案に相違して、小説だった。勉強不足のため、このような種の本を読んだことがなく、スループットやボトルネックなどの新鮮な単語を愉しみながら、前半を読み進んだ。ところが、後半になると、物語にありがちな不安要素がいくつも出来し、それが少しずつ解決されたり、また問題が再発したり、という緩やかな繰り返しのあと、うまい具合にカタルシスを与えられないまま、すとんと終わった。私の読み・理解が足りないこともあろうが、なんだか宙ぶらりんの体なのだ。で、アマゾンを覗くと、似たようなデザインで続編がわんさか。アマゾン十八番の解説やレビューは特に見なかった。たいしてアテにならないから。
作者のあとがきを読んで知ったのだが、彼はTOC (Theory of Constraints: 制約条件の理論)という理論の提唱者で、なんと元は物理学者だという。そのうえ、この理論を用いて企業の生産性を上げるアプリケーション(いわゆるソリューション)を開発・販売する会社を経営していたらしい。小説はTOC の実践を理解してもらうために書いた。そのせいか、理論書という体裁はとっておらず、主人公と同様の状況にある読者(主人公はある製造工場の工場長で、工場の生産性が悪いために3ヶ月後に改善が見られなければ閉鎖すると通告されている)ならともかく、早く「答え」を知りたい一素人にとっては、そこへ至るプロセスはまさにlong winding road で、しかも上述したように、明確な解答は結局呈示されていない・・・はずだ。
後半を読んでいるときは、物語の方向などあまり気にならず、ひとつの言葉だけが頭の中にぷかぷかと浮かんでいた。
カート・ヴォネガットの作品でこんな逸話があった。ある中国の王様が国中の学者たちを集めて、次のように言った。「過去と未来、ありとあらゆる時代で通じる言葉を探してまいれ」
何年もの研究ののちに学者たちは答えを見つけ、王様に報告した。その言葉が、「それもまた、過ぎ去る」

TOC は素人理解で言うと、システムの円滑性を阻害する「制約条件」を基準に考えていくということになる。たとえば、あるグループで伝言ゲームの正確性を競うとき、どんな場合でも正確に聴き取り、正確に伝えることのできるグループで一番優秀なA くんは、このゲームに勝利する根本的条件ではない。そうではなく、耳が悪く、話すのも下手くそなZ くんを基準に解決を目指すというプロセス、これがTOC を応用した解決プロセス、といえば一番わかりやすいだろうか。
伝言ゲームという設定にしたのは、A→B→C→・・・→X→Y→Z というフローが伝言ゲームにはあるからで、A の結果がB に影響を与え、B の結果がC に影響を与え・・・と以下同様に、フローを構成するユニット(なんて言うのだろうか?)が一方向性の線的関連性(ここらへんは正しい用語ではなく私の造語になってしまっている)を持っているという意味では、製造業と変わらない。
また、この小説では「旧習を打破する」というのが重要なメッセージになっている。「制約条件」がある特定の人物だったり機械だったりすればいいのだが、それがたとえば「会社全体に流れる保守的な雰囲気」だったりすると、話はもっと困難になる。TOC はちゃんとそのような場合も想定して、というより、そのような場合を初めから見据えて作られているらしい。まあ、誰でも新しいことは嫌いだからね。

私がこの本を読んで農業に活かせると思ったのは、「制約条件」は形を変え、移動していく場合があるということ。たとえば私の就農1年目の制約条件は単純に「経験不足による未熟な栽培技術」になるだろう。それをいかに改善するかに最初の数年を費やすに違いない。本を読み、日々畑に足を運び、いろいろな人の話に耳を傾けることになるだろう。
それから10年経ったとする。それでは、経験によりある程度の実績を上げられるようになった私にはもはや「制約条件」はないのだろうか。そうではないだろう。「隣家のアドバイスを聞き入れ過ぎたために今さら変更できない誤った栽培方法」や「付き合いで購入しつづけているがあまり効果のない肥料」などが新たな「制約条件」になっているかもしれないし、また、「高品質のものを作ってもそれに見合った対価を支払ってくれない市場」というもはや自分が管理できない場所に「制約条件」が移っているかもしれないのだ。もちろん、どのような場合にも解決策があるというのがTOC の考え方らしい。
だが、このように常に改善プロセスを発見して「スループット」を増大させていくというこのTOC 思考・解決プロセス自体が「制約条件」となることが、いつかはあるだろうということに私は気づいた。つまり、「それもまた、過ぎ去る」のである。
まあ単純に考えて、ブレイクスルーと呼ばれる新理論がいつまでも「新」理論であったためしはなく、いつかはまた別の「新」理論に駆逐される運命にある。ヴォネガットなどを持ち出さなくても「盛者必衰の理」という言葉もある。
理論はあくまでも道具であり、それが古くなればすぐに捨てて新しいものを使い始めればいい。せっかく百姓をやるんだから、いろいろなことを試さなくちゃ。←の太字の部分も半世紀前だったら全く違う文章が下にくっついたのかもしれない。「せっかく百姓をやるんだから、波風立てずに生きなくちゃ」
価値観はおそろしいほどに変わっていく。

image0001_convert_20090714074119.jpg
普遍なんてものはない。
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
ランキングに参加ランキングに参加中ランキングに参加 一日一回クリックのご協力にお願いします 私
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 新規就農へ ←クリックFC2 Blog Rankingへ ←クリック
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
| 夫のひとりごと | page top |
「趣味は、ウィキペディアを編集することです」という人間に会ったことはないけれど、会いたくもない
2009/07/10(Fri)
夫妻が富山へ出張ということで、2日連チャン。
数日前、マンゴーを食べたのち妻の記事を見て知ったのだが、「宮崎マンゴー」がひとつのブランドになっていることを知った。職場で「マンゴーを食べたんですよ」という話をすると、「もしかしてそれは宮崎マンゴーだったりするの?」と少し興味深げに質問されたりもした。"No, it was made in Mexico."
(今日「週刊文春」をたまたま立ち読みしていたら東国原宮崎県知事と橋本大阪府知事の比較記事があって、前者を「所詮、地鶏とマンゴーのセールスマン」と徹底的にけなしていた。いやいや、あいつがあんなに助長しているのも、マスコミさん、あんたたちのせいでしょ、と思いましたけど。まあ、このままじゃ、野村沙知代、細木数子、石井慧らと同じ轍を踏むのでしょうな。さんざ持ち上げられた後のバッシングの嵐)
さて、話はそんな卑小なことで終わらせたくないのでちょっと方向修正。
宮崎マンゴーがどのようにして人気を博したのかは知らないが、また一方で北海道の生キャラメルもすごいみたいね。職場の年配の女性とよく話をするようになってチョコチョコとこういう情報が耳に入って来て楽しい。実にこういう人たちが日本の消費を支えているんだなあと痛感。で、こういうのは最近に始まったことではなく、ずーっと昔からあるんだなあということに思い至り、あることを思い出した。

十年以上前に読んだ本なのでもしかしたら全然間違っているのかもしれないが、井上ひさしの『腹鼓記』に阿波(徳島)の藍(たぶんインディゴのこと)についての話があった。なんでも、この藍が徳島藩の大事な財源だったようで、その特産品の地位を守るために、藩全体で懸命の努力をしたということが書いてあった。藍栽培の秘密が決して他藩に漏れぬよう、ときには口封じのため、治水工事か何かで余所の藩から招いた大工たちを工事後に殺したという記述があったような気が・・・。
それを読んだ私は、なるほど、特産品というのは(人殺しはせぬまでも)、大勢の人々の苦労の結晶であり、その思いが「おらが村さの○○自慢」に直結するのだと直覚できた。宮崎県、北海道、徳島県、とその方向は全然ばらばらだが、基本は変わらない。東京中心の全国画一的価値観とは真っ向から対立する価値観だ。
私は東京出身だが、東京のことを一度も地元と感じたことがなく、好きだと思ったことがない。どちらかというと嫌いなくらいだ。もしかしたらこれは、特産品・特産物がないためかもしれない。一方、妻に奈良のことを訊くと、「柿やろー、柿の葉寿司やろー、東大寺の大仏やろー、吉野山やろー、楳図かずお(五條市出身らしい)やろー、」と延々と聞かされるハメになる。いや、もう結構です。
ある地域には、そこでしか見られないモノ、そこでしか穫れないモノ、そこでしかできないモノがあって、それらの総体がその地域のアイデンティティーそのものとなる。構成要素が多ければ多いほど、住人は思い入れを強くすることができ、愛郷心が自然に芽生える。そして、その逆もまた真なのである。マンゴーにしたって、生キャラメルにしたって、(結果として札束が行き来することになろうとも)その根っこは、出身地への純粋な愛情の副産物なのだ。たぶんね。
という論理から、アワと消えた徳島移住にはちょっと未練があるけれど、奈良を、それもまずは柿をターゲットにして全力的に研究していこうと思う。それにしても、「野菜便利帳」には、ぶどうやら桃やらイチゴやら、彩りの豊かな果物がいろいろと掲載されているけど、柿の外観のなんとまあ渋いことか。「年寄り向けの果物」って感じ。高齢化社会にぴったり、ということが言いたいのではない。新たなイメージ戦略が必要になりそうだってこと。

ところで、藍のことを少しウィキペディアで調べようと思ったら、藍住町という徳島の地名が出てきた。ここは昔から(昔は?)藍の生産で盛んらしい。そこにこんな記述があった。

これからも人口増が見込める数少ない町であり[要出典]、町もどんどん発展していくことが予想される[要出典]。

わからない人のために註釈を入れておくと、ウィキペディアっていうのは、一応百科辞書を目指しているわけだから、記事の公平性が保たれていなければならない。そのためには、記述は検証可能性を維持していなければならなく、つまりは出典がなければダメですよーということ。出典がないと、上みたいに[要出典]と書かれる。「これってつまりは編集した人がそういう風に自分で思ってるだけでしょー?」っていう意味なわけ。
いいじゃん! 藍住町がこれから発展するかもしれないって思ったっていいじゃん! と徳島びいきの私は素直に思いました。

image0001_convert_20090710013628.jpg
家の前。煌々と光っている建物の灯りと自販機。なんだか、不気味だ。
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
ランキングに参加ランキングに参加中ランキングに参加 一日一回クリックのご協力にお願いします 私
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 新規就農へ ←クリックFC2 Blog Rankingへ ←クリック
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
| 夫のひとりごと | トラックバック(1) | page top |
『からだにおいしい 野菜の便利帳』を読んでみて思いついたことなど
2009/07/09(Thu)
夫流行りに乗って購入。とにかく装幀がいい。学術書、という意味での専門書ではないので、これくらいの見やすさがちょうどいいのではないか。量も適当といえよう。薄っぺらくもなく、ぶ厚くもなく。
内容については、買ったその日から有用になるというものではない。そういう目的で買うならオレンジページの「野菜特集」でも買った方がよっぽどマシだろう。私が興味深く感じるのは、実用的に見えて実は趣味的な作りになっているこういう本がベストセラーになったということで、もしかしたら出版社の高橋書店(あの「手帳のタカハシ」だ)も当初からこの売れ行きを予想してはいなかったのではないかと思う。
(高橋書店のHP を見たら、初版は2008年4月30日だとあった。続編の『もっとからだにおいしい~』は2009年5月15日とあり、もしかしたらこの数ヶ月のあいだにテレビ番組かなんかで採り上げられたのかもしれない)
ともかく、上質かつ読みやすいカタログが割合に安価で手に入ったことを素直に喜ぼう。
たとえばぶどうの項目を見てみると、たったの1ページしか割かれていないが(掲載されている品種も「巨峰」をはじめ、「デラウェア」「ピオーネ」「ロザリオビアンコ」「甲斐路」「ゴルビー」「ネオ・マスカット」の7種類のみ)、これを多いと見るか、少ないと見るかが購入の岐路となろう。私はこれを見てぶどうを栽培するわけではないので、まったく充分と感じるけど。

ところで、この本を読んでいて思ったのだが、Foodex で毎年作物別のコンテストを行えば面白いのではないか(たしかFoodex は毎年開催されてるよな?)。たとえばトマトならトマトで、色々な生産者がご自慢のトマトを持ち寄り、その年のナンバーワンを決めるのだ。そこで、仮に昨日に食したシシリアンルージュ(『便利帳』にちゃんと掲載されていました)の「マウロの地中海トマト」が優勝したとすると、その翌年から「Foodex '08 で金賞受賞!」というシールを貼ることができる。お客さんも同じ値段だったら、いや多少高くてもそっちを買うでしょ。腕試しをしたい農家だって多いことだろうと思う。
そして、その結果は、講談社の『世界の名酒事典』のように、「2009年 日本の野菜(果実も含んでほしい)」とでもして、作物別に1位から3位を掲載すれば、カタログ価値としても高い。私なら買うな。
ということで高橋書店の方、もしこれを読んでらっしゃったら、この企画を経営陣に提案してみてくださいな。書店でアルバイトをしていたときの感覚から言うと、高橋書店は面白いことをやる出版社というイメージがあるから、案外簡単に企画が通るんじゃないか。
もしかしたら、コンテストのようなものは既にあるのかもしれないが、消費者にまでその情報が下りて来ていないというのが問題なわけで、これは野菜に限ったことじゃなく農作物全般に言えることだが、もっとPR をして付加価値を高めていく運動をしなければならない。吉本興業のM-1企画のおかげで、ブームの波が割合に激しかった「お笑い」というジャンルが、(毎年末にやるから)きちんと確立され安定したものになったように、「野菜(または果物) = A-1 (Agriculture-1?)」というようなイメージの確立化が今の時代、大事なんじゃない? まあ、私はM-1、大ッ嫌いですけどね。

ただ流行モノを追っかけるだけでは面白くないので、2002年6月1日発行のブルータスの表紙をスキャンした(ちょっと傾いているけど)。
この特集もデザインがいいんだよなあ。だから捨てられなくて取っておいたというわけ。まあ、特集名がいつもの通り、すげーんだ。

The Veggie Bible 世界は野菜を待っている。

かァーッ、たまんないね。「もしや日本ってベジー先進国?」とも書いてある。
そうそう、脱線ばかりだったけど、『便利帳』はいい本ですよ。

brutus001_convert_20090709015717.jpg

からだにおいしい 野菜の便利帳からだにおいしい 野菜の便利帳
(2008/04/11)
板木利隆

商品詳細を見る

image0001_convert_20090709024500.jpg
最近は、一日完全に晴れってのが本当に少ない。まあ梅雨だから仕方ないのだが、洗濯が思うようにできないことに少しずつストレスを溜めている。
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
ランキングに参加ランキングに参加中ランキングに参加 一日一回クリックのご協力にお願いします 私
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 新規就農へ ←クリックFC2 Blog Rankingへ ←クリック
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
| 夫のひとりごと | トラックバック(0) | page top |
長いタイトルの元ネタは、高橋源一郎の『雨降りだからマンガでも読もう』でも、植草甚一の『雨降りだからミステリーでも勉強しよう』でもなく、実はキューブリックのある映画タイトルだったりするが、B'z の曲と同じく、時が少しでも経てば気恥ずかしく映ることだろう
2009/07/04(Sat)
夫ブルータスを立ち読みしていたら、マガジンハウスのもうひとつの得意フレーズを見つけた。
「なにしろ○○ずきなもので」
「○○」の中には「映画」、「本」、「アート」、「ワイン」、「スイーツ」などが入る。最新号は「読売巨人軍」特集だったので、たしか「なにしろ巨人好きなもので」とあったはずだ。
で、「なにしろ農業ずきなもので」というわけではないのだが、最近とかく農業の話題を目にするようになった気がする。会社に置いてあった日経ビジネスのバックナンバーにも特集されていたし、「ジャパニスト」という創刊されたばっかりの雑誌にも一部特集が組まれていたし、最近立ち読みリストに加わった「モーニング」に連載中の『エンゼル・バンク』のストーリーにも、農業がキーとなって関わっているようだ。
堀江貴文(調べるまで下の名前を忘れていた!)や村上世彰(こっちは名前が珍しいから漢字とセットで覚えていた)華やかなりし時代、どの雑誌もこぞって「株をはじめよう!」と謳っていたが、それと似た匂いがする。まあ、ラクじゃあないよということは、私じしん徳島視察旅行で重々承知しているので、大きな期待がない分、失望することも少ないだろう。ただ、ほとんどの雑誌に共通している「ビジネス、ビジネス、ビジネス」と鼻息を荒くして農業とカネを結びつけようという捉え方は、直観的に嫌だし、かといって、「自然が好きだから、農業を選びました」というのも、やはり直観的に嫌だ。
かつて村上龍がどうして作家という職業を選んだのかと質問されて、「作家になるしかなかった」と応えていた。その真意が那辺にあるかは別として、少なくとも私自身が農業を選択するのは、やはり、百姓になるしかなかった、ということになるのだろう。肯定的に捉えてもらえるかどうかはわからないけど。

ちなみに、(かなり迷ってはいたが)今後私の文章では、「百姓」という単語を「農家」と同じ意味、あるいは時と場合によってはもっと広義に使っていくことになると思うが、もちろん蔑称として用いるわけではない。
現在、「百姓」はおそらく放送禁止用語で、テレビやラジオで「農業従事者」が自らを「百姓」と呼称する以外は、差別的用語だと認識され、放送されないようだ。しかし、網野義彦の『日本の歴史をよみなおす(全)』を読んで知ったのだが、百姓はそもそも「農業従事者」のみを指す言葉ではなかった。手元に本が見つからないのであやふやだが、たしか「(支配階級を除いた)すべての職業」を意味したのではなかったか。
徳島へ行ったときに、マニアックな「農家」の方がこんなことを言っていた。
「ぶどうひとつやるにしたって、農学、生命科学、気象学、地理学、地形学、土木工学、薬学、化学、経済学、統計学・・・ほんとありとあらゆることを勉強しなくちゃなんないんだよ、百姓っていうくらいだからね」
この言葉にはたいへん感動したので、徳島視察旅行記に載せようと考えたのだが、自粛していた(この方の百姓の捉え方と網野の捉え方は少し異なるとは思うが)。
一部の差別問題については、「寝た子を起こすな」的対応が最適の場合もあるだろうが、「百姓」という言葉では(本質が理解されれば)誰も傷つかない。また、網野式に「漁師も猟師も商人も農家もすべて百姓と呼ぶ」とはしないまでも、「農家」を意味する狭義の「百姓」が単に「農業従事者」という言葉に取って代わられるというのは味気なくて嫌だ。
なお、余談の余談になってしまうのだが、高島俊男の『お言葉ですが・・・』に「はだ色は差別色?」という面白いエッセイがある。これには、差別を変えるのはまず何を変えていかなければならないのかという問題がよく表れているので要約して紹介したい。
京都の小学校校長がアフリカのセーシェルという国へ行ってクレヨンを使った授業をしたとき、「肌色のクレヨンを取り出して」と言ったら、通訳が「肌色」を「スキンカラー」と誤訳し(正しい英訳だとペールオレンジらしい)、子供たちがキョトンとした。話はここで終わりそうなものだが、この校長は「『肌色』とは差別表現だ」と気づき、文具メーカーに色名変更を求めている、という新聞記事をこのエッセイでは採り上げている。高島の意見として、日本を上、セーシェルを下に見ているから、「不幸にしてその色(日本人)の皮膚にめぐまれなかったセーシェルの子供たちに対する人種差別である」とこの校長は考えるんだろうね、と書いている。その後にも高島の皮肉はつづくのだが、ここには書かない。短いのでぜひ一読あれ。

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
(2005/07/06)
網野 善彦

商品詳細を見る

お言葉ですが… (文春文庫)お言葉ですが… (文春文庫)
(1999/10)
高島 俊男

商品詳細を見る


image0002_convert_20090704014736.jpg
わかりにくいが、鷹。去年の夏、鷹を肩に乗せて歩いている人がいたので、写真を撮らせてもらった。飼い鷹(?)である証拠として、足に紐が結わかれている。
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
ランキングに参加ランキングに参加中ランキングに参加 一日一回クリックのご協力にお願いします 私
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 新規就農へ ←クリックFC2 Blog Rankingへ ←クリック
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
| 夫のひとりごと | トラックバック(0) | page top |
わずか1分にして挫折した会長就任の話
2009/06/30(Tue)
夫ふと、果物をやるんだったら果物離れが拡大しつつあるという昨今の状況そのものを改革しなければならないと考えた。「改革しなければならない」だなんて大袈裟だが、そうしなければ私の将来が先細りになってしまう。
そこで、このブログから、2日に1回は果物を食べようという運動を始めることに決めた。普通の家庭での果物消費量はおそらく逓減の方向にあると思われるので、2日に1回でも食卓にフルーツが上れば、果樹業界の未来が少しくらいは明るくなるかもしれない。
ということで、「運動」を始めるからには、やはり会を結成する必要があるだろう。名称を「フルーツを2日に1回消費する会」とでもするか。やはり会長は言い出しっぺの私がなるべきであり、私の趣旨に賛同してくださる方がいれば会員になってもらうという風にすれば、はじめは遅々としたものであっても、「善いことはカタツムリの速度で進む」(マハトマ・ガンジー)の言葉通り、ゆくゆくは大きなストリームとなっていくことだろう。2日に1回どころか毎日毎食フルーツが供されるようになり、日本の果樹業界を救った会長の私は表彰され、ウィキペディアで「日本のフルーツ中興の祖」と検索すれば私の本名に辿り着くことになるだろう・・・へへへ。
そうと決まれば善は急げ、早めに「会」を結成し、既成事実を作ってしまおう。ここまでが、約30秒の話。
念のためにそのような運動をしているところが他にないかをgoogle で検索することにしたが、私の中では「ないことを確認する」くらいのつもりだった。ところが・・・(と、ここまでが約15秒)
それが、あったのだ
その名を「毎日くだもの200グラム運動」といい、主宰が「果物のある食生活推進全国協議会/全国柑橘消費拡大協議会/全国落葉果樹消費拡大協議会」と仰々しい団体の連名になっている。果物に強い地域のJA なんかのお偉いさんたちが仕切っているに違いない、と私はすぐに考えた。だめだ。私が入り込める余地はなく、私はウィキペディアに載らない(ここまでが15秒)。夢は1分で潰えた。

でもまあ、既に誰かが設立していたとはいえ、その趣旨に賛同できるものであれば、私もそれに参加すればいいと考えた。詳しくは読んでいないのだがなんでもロゴマークがあるらしく、それを毎記事にちょこっと貼っておくだけで何らかの効果が望めるかもしれない。そう思った私は早速ダウンロードしてみた(ちなみにデフォルトだとリンゴとミカンがデザインされたものになるのだが、やっぱり私はぶどうを選んだ)。それが、↓の画像だ。
logo_budou_convert_20090629223923.jpg
だ、だせー!
いやいや、イラスト自体はそれほどダサいわけではなく、というより、むしろスッキリとしていて好ましいのだが、それにしても、この協議会の名称は外せないものなのだろうか。めちゃくちゃな偏見だと自分でもわかっているが、敢えて直言したい。この名称を残すことによって何らかの利権がこの協議会に働くのかと勘繰りたくなるのが一東京都民(現横浜市民)の率直な感覚だ。
もしかしたらダウンロードのやり方が悪かったのかもしれないので、とりあえず協議会の名称を抜いたものを貼っておく。
budouc.gif
うん、これならいい。
ということで、本ブログの首席管理人たる妻は、これから毎日、何かしらの果物を食べ、それをレポートすることとなった。
・・・私? 私はフルーツがあまり好きじゃなくて・・・。

image0001_convert_20090629221304.jpg
近くの公園に行く途中、前の壁に犬を連れて散歩をしている人の影が映り、それが面白かったのでシャッターを切った。
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
ランキングに参加ランキングに参加中ランキングに参加 一日一回クリックのご協力にお願いします 私
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 新規就農へ ←クリックFC2 Blog Rankingへ ←クリック
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
| 夫のひとりごと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top |
ソクラテスの「無知の知」とは異なり、社会的に未熟なことに自身が気づいているということが必ずしも社会的成熟を意味するわけではない
2009/06/26(Fri)
夫妻の書いた通り、自動車教習所に通っている。はじめに適性審査を受けたのだが、まともだったのは「身体的健康度」だけで、他の「精神的健康度」「社会的成熟度」「情緒不安定性」「衝迫性・暴発性」「自己中心性」「神経質・過敏性」「虚飾性」等は散々な結果だった。
また、運動機能(「運動のための心のはたらき」とある)の領域では、決断力だけ著しく低かった。なるほど。たしかに妻は「柿にしまーす」というような宣言をすぐに行えるが、私は「むむ? はたしてそれでいいのか?」と考えてしまう。私が傍から見て大決断を何気なくしているときも、実は自暴自棄になっているだけで、計画的な大胆さというものは持ち合わせていない。それに、柿自体あんまり食べたことないしね。

image0001_convert_20090626011648.jpg

写真は大阪のPinzo Quarto のマスター。本文と全然関係ないけど、いい男に写っていたからアップロード。いいお店でした。
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
ランキングに参加ランキングに参加中ランキングに参加 一日一回クリックのご協力にお願いします 私
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 新規就農へ ←クリックFC2 Blog Rankingへ ←クリック
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
| 夫のひとりごと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top |
視察旅行 #5 ~続々・徳島~
2009/06/17(Wed)
夫私がそのおじさんのところへついて行くことに決めたのは、かなりいい加減な感じがしたということもあり、この人が厳格な雰囲気を持っていたり、またすごくしゃべるのがうまかったりしたら、やっぱり私はついて行かなかったろうと思う。
そこからの経緯はやっぱり妻のところに書いてあるので省略するが、そのおじさん(75)はそれからさまざまなひとのところへ私たちを連れて行ってくれた。泊まるところも紹介してくれたし、翌日の朝食もご馳走してくれた。朝から喫茶店で酒を飲んでいる楽しい人たちへ私らを紹介してくれ、空いている葡萄園がないかを訊いてくれた。観光葡萄園も見せてくれたし、JA が管理していて現在人手を探しているというハウスつきの葡萄園へも案内してくれた。豆腐屋を勧めてくれた。とにかく米をやれと勧めてくれた。バリで1年のうち3ヶ月を過ごすという構想があることを教えてくれた。ウリ坊(猪の子供)を飼っていると言い、実際に見せてくれた。飼っている鶏の足元から産みたての卵を9つくれた。私が「もう帰らなくては」と言うと、「明日も仕事を休めばいいじゃないか」と言ってくれた。そして、携帯の電話番号を教えてくれ、また電話をかけてきてくれと言ってくれた。

上に述べたうち、観光葡萄園の方は、いかにも手がかけられていない低品質な葡萄を作っているという雰囲気があった。トンネルもところどころなかったし、袋かけもしているのとしていないのがあった。摘粒はされていないのにずいぶんと実が大きくなっているのがあった。素人眼からすると、味が大味なのではないかと(これまでの農家の方々からの濃厚なインタビューから学んだ結果)判断した。一方、今すぐにでも借りられるというハウスつきの葡萄園も、これまた期待はできそうになかった。周りの圃場がすべて小粒(ということは安価)の葡萄ばかり作っていて、高品質・高価格の葡萄を作るのに適していないのか、少なくともそのノウハウを持っている人が近くにはいそうになかった(その前日に案内された葡萄園とは随分離れた場所にこのハウスはあった)。

初日のワイナリーを含めた3日間の結論は、(ぶどう専作を選ぶ限りは)どうやってもはじめの数年は無収入であり、5年経っても販路の見通しが立たないだろう、という厳しいが極めて現実的なものだった。徳島で葡萄をする場合、圧倒的に足りないのは、資金でも農地でもなく、ブランドの力だった。それを補うはずの知恵(知識ではない)は、私には決定的に不足している。たとえば一番はじめに会った農家の方は、代々(そんなに古くないかも)葡萄を作っているという強みがあった。だから彼の経験年数+親たちの経験が、そのまま彼の作物に反映している。私が1年目に収穫できる葡萄には、葡萄、もっと言えば自然という大きな対象からすればほんのわずかである、私の1年間しか反映されないだろう。すごく青臭い味がするに違いない。
そして、徳島には若い人が本当に少ない。「まず隗より始めよ」の格言があるので、私たちが移住し、それから知人・友人をひとりでも多く呼ぼうかとも考えた。だが、心意気だけでは人生をなかなか賭けられない。私には、10年経っても眉根を寄せている自分自身の姿がありありと目に浮かぶようだった。私は戦わずして、いったん徳島を去ることにした。けれども、ここで受けた恩はいつか必ず返そうと思っている。たとえどんな形にせよ。

Special thanks to:

徳島市内のビジネスホテルのマネージャーさん
フロントでの気持ちの良い応対と、深夜になって帰られるとき、私服姿でもすれ違った私にそっと挨拶をしてくれたことに感謝。
同ホテルの女性従業員さん
朝食のバイキングで鳴門金時も食べたら、と勧めてくれたことに感謝。テレビを見ながら「ふうん、そうなんだあ」と大きな声で頷いているのは見ていて面白かった。
農業会議のTさん
「ぶどう」と聞いてAさんを呼んでくれて感謝。
同会議のAさん
葡萄への並々ならぬ思いに感じ入りました。試験場への紹介してくれたことに感謝。
果樹試験場のSさん
W町農業支援センターならびに農家さんへの連絡に感謝。
同試験場のTさん
クールなアドバイスに感謝。おかげで私もクールに葡萄農家を回ることができました。
同試験場のFさん
圃場にてのガイダンスとわれわれの初心者の質問への回答に感謝。
農業支援センターのNさん
農家さんへの案内に感謝。
W町葡萄農家のKさん
葡萄の「勝ち組」のコメント、たいへん勉強になりました。また、「一番忙しい時期」なのに丁寧にインタビューに応えてくださったことに多謝。
W町葡萄農家のFさん
真剣で正直な「葡萄論」、たいへん参考になりました。また、「リップサービスなしで嫌われる」という話、私はたいへん好きです。ぶどうのやりがいについて学ばせてもらいました。すべての辛口&リアルトークに多謝。
自動車会社社長のMさん
いろいろな方へわれわれをご紹介くださったこと、また色々と融通を図ってくださったことに多謝。今度は奥さんに内緒で、かわいいシンガポール人の彼女(?)をご紹介ください。
Mさんの奥さん
バリから帰ってきたばかりだというのに、夕ご飯をご馳走してくださったことに感謝。
割烹のおかみさん
すごくおいしかった鳥雑炊に感謝。今度は観光でもお邪魔させてください。また、お友達がわれわれの現在住んでいるところの近くに住んでいるはずなんですよね。その方ともまたご縁があるかもしれません。
おかみさんをお手伝いしていたお嬢さん
翌朝5時に起きて徳島市内に帰らないというのにわれわれを給仕してくださったことに感謝。
Mさんが紹介してくれたビジネスホテルのマネージャーさん
宿泊料を350円負けてくださったこと、また、Mさんの口利きだからと言ってバヤリース250ml缶を2本くださったことに感謝。
同ホテルの女性従業員の方
モーニングコールで、爆睡していたわれわれを起こしてくださったことに感謝。
喫茶店で朝から酒を飲んでいた4人組とそのママ
親切にいろいろと話をしてくださったことに感謝。それにしてもこの人たち、何で生計を立てているんだろうか。
でっかい家を持っているのに大型バスの中で寝起きしているFさん
ハウスつきの葡萄園を保証してくださったことに感謝。生まれたばかりのラブラドールをたくさん散歩させてやってください。
H市のいちご農家さん
突然お邪魔したのに、Mさんの頼みから葡萄園を探してくれると約束してくださったことに感謝。私たちが徳島で会った唯一と言ってもいい同年代でもあった。
Mさんの会社で会ったMさんのお友達
葡萄農家はやっていける、と太鼓判を押してくださったことに感謝。
Mさんの会社で会った豆腐屋のご主人
豆腐屋を継いでほしい、と嘘でも言ってくれたことに感謝。

こうやって見ると、われわれはたったの2日間で少なくとも25人の方々から身に余る恩恵をさまざまな形で受けたことになる。そして、1匹のラブラドールレトリーバーと1匹のウリ坊からは、愛らしさを、10羽の雌鳥からは、産みたての卵をもらった。卵が1つ足りないのは、1羽だけなぜかその日は卵を産まなかったからである。
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
ランキングに参加ランキングに参加中ランキングに参加 一日一回クリックのご協力にお願いします 私
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 新規就農へ ←クリックFC2 Blog Rankingへ ←クリック
+ ………・…………・…………… + ………・…………・…………… + ………・………+
| 夫のひとりごと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top |
| ホーム | 次のページ>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。